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井上 亘(いのうえ わたる、男性、1973年8月27日 - )は、日本のプロレスラー。東京都江東区出身。新日本プロレス所属。
目次 [非表示] 1 経歴 2 得意技 3 タイトル歴 4 入場テーマ曲 5 外部リンク 経歴 [編集] 幼少時代はアトピー性皮膚炎を患うなど虚弱体質で克服のためスポーツに打ち込んだ。高校までは水泳、野球、陸上競技を行っていた。格闘技のバックグラウンドはないが、東京電機大学在学中にアニマル浜口ジムに通い始めてトレーニングを積み、1998年3月に新日本プロレスに入団した。大学卒業から入団まで数年の空白があるが、その間何をしていたのかは本人いわく「秘密」とのこと。 入団後1年以上のトレーニングを経て、1999年7月21日の札幌中島体育センター興行での「スーパージュニア・バトルロイヤル」でプロレスデビュー。ただしこのバトルロイヤル登場は仮デビューと位置づけられ、正式なデビュー戦は同年10月10日後楽園ホール興行での対柴田勝頼戦である。 2001年よりジュニアヘビー級戦線を活動の中心に据えている。同年11月にはタッグ戦ではあるが獣神サンダー・ライガーから勝利を奪うなど活躍した。 2002年の2月にはプロレスリング・ノアへも登場している。同年10月から目の治療のために長期離脱。2003年の7月に戦列復帰した。一時期、目の保護も兼ねてベイダーマスクのような変わったマスクをしていたが、ファンから不評だったこともあり使用をやめている。復帰後は他団体へも積極的に参戦し、翌2004年1月のプロレスリング・ノアでGHCジュニアタッグ王座に挑戦、2月には大阪プロレスなどへ登場した。 2005年の3月には金本浩二と組み、邪道、外道が所持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦し奪取するも5月に同王座を奪われる。2006年と2007年のBEST OF THE SUPER Jr.では2年連続でブロック1位通過を果たすも、優勝にはならず。 7月の大会直前、道場に置手紙を残し音信不通状態となるも、10月に試合を終えた金本浩二が「メキシコで試合や練習をやっている」とコメント。11月に復帰戦を行い、パートナーとは一度もタッチを交わすことなく当時IWGPジュニア王者だった田口隆祐を7分足らずでタップを奪った。試合後もリング上で王座挑戦を表明。12月になると田口と25分以上の激闘を繰り広げた末、IWGPジュニアヘビー級王座に初載冠。 2008年3月の試合で邪道に徹底したラフ攻撃で大流血に晒され、これに激怒。4月に邪道とシングルマッチを決行し普段見せないラフ戦法を織り交ぜ勝利を挙げた。 BEST OF THE SUPER Jr.ではAブロック2位で通過。タイガーマスクを下し、決勝で金本浩二と師弟対決が実現。変型トライアングルランサーで金本からギブアップを勝ち取り悲願の初制覇。同時にジュニア2冠王となった。後日に一夜明け会見が行なわれ、今まで3度の防衛に成功してきたIWGPジュニアヘビー級王座返上とヘビー級転向を発表。さらに、結婚されていたことが明らかになった。 8月にG1 CLIMAXへの初出場を果たし中西学、ジャイアント・バーナードのスーパーヘビー級相手に金星をあげ2勝4敗の結果に終わる。12月にはG・B・H所属の石井智宏と抗争劇を繰り広げた。以降、数回のシングルマッチが組まれ、2009年5月にフォールズカウント・エニウェアマッチで激突。場外に敷き詰められた椅子の山にオラシオンフレイムを叩きつける荒技を敢行。これにピンフォール勝ちを収め、抗争にピリオドを打つ。 抗争後は低迷が続き、ついには2009年度G1 CLIMAXにも選出されず。その悔しい思いから9月シリーズに同年度G1に参戦した選手達とシングルでの連戦が組まれた。「俺の『G1』」と称し意気込んではいたものの、やはり結果は残せず。そして9月に永田裕志と組んで矢野通から不甲斐なくフォール負けを喫し、バックステージで永田、スーパ・ストロング・マシン、平澤光秀らと青義軍を結成。10月10日、デビュー10周年を迎えるも中邑真輔にフォール負け、さらに11月にも中邑にフォールを奪われ2連敗を喫す。 2010年4月、CHAOS、NO LIMITの暴徒に我慢できず青義軍メンバーと共に乱入し宣戦布告。5月3日、IWGPタッグ王座を賭けて、王者組のNO LIMIT、ジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組の強豪チームに永田裕志をパートナーに抜擢し初挑戦。アンダーソンをスピアー・オブ・ジャスティスから押さえ込むとピンフォールを奪い、同王座に君臨を果たした。 得意技 [編集] スピアー・オブ・ジャスティス 相手の腹部へ肩口から突っ込み、倒れこんだ相手をそのまま押さえ込みフォールを奪うフィニッシュホールド。 ファイナルランサー 相手の脚を監獄固めのように固めた後、そのまま腕をトライアングルランサーに固める。トライアングルランサーは下半身の力でロープに逃れられるため、井上自身の『それなら脚も固めてしまえ』という発想から生まれた技。後にファイナルランサーと改めて命名。 トライアングルランサー 腕を逆手に取って飛びつき、仰向けに転がして首と腕を極める締め技。完成形が当時付き人を務めていた佐々木健介のストラグルホールドαと同型であるため、「飛び付き式ストラグルホールドα」と言える。その体勢からローリング・クレイドルのようにマットに円を描きつつ転がった後、足を取ってフォールするという動きを見せることもある。名前の由来は「自分の足と相手の首の位置が三角形」+「槍で仕留めているように見える」ことから。 スタガリンブロー ブレーンバスターの体勢から、右手で相手の右足の膝裏をすくうようにロックし、抱え上げてから垂直に落とす、変形のフィッシャーマンズバスター。公認ウェブサイト上にも「相手の足を4の字にクラッチするフィッシャーマンが『スタガリンブロー』です。」とある。また、落とし方も数種類あり、場合によって使い分けがなされている。眼筋麻痺による欠場からの、復帰に向けて開発された技。 オラシオンフレイム 相手の足を四の字にしてファルコンアローの形で落とす、変型のスタガリンブロー。DRAGON GATEのCIMAが使うパーフェクトドライバーと同型。 ワイバーン 風車式のストマックバスター。走ってきた相手をケブラドーラ・コン・ヒーロのように回転させながら抱え上げ、立てた膝にうつぶせに落とす技。 卍固め コブラツイストの体勢から、自分の足で相手の首を上から押さえ付け、さらに相手の片腕を極める技。井上はさらに相手の首にかけた足を自分の手で掴む。 カウントダウン・イグニッション バックフリップの体勢から相手の足を上にプッシュし、垂直落下式ブレーンバスターで落とす。現在の入場テーマ曲の名前でもある。 ストマックブロック 既存の技に一工夫した技が多い。 タイトル歴 [編集] 新日本プロレス IWGPタッグ王座 : 1回(第56代)(&永田裕志) IWGPジュニアタッグ王座 : 1回(第14代)(&金本浩二) IWGPジュニアヘビー級王座 : 1回(第53代) BEST OF THE SUPER Jr. (2008年) 優勝 G1 TAG LEAGUE (2010年) 優勝(&永田裕志) PR |
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